正統派モダン 松本民芸家具と北海道民芸家具(現飛騨産業)

仕事用の作業テーブルに大きめのダイニングテーブルを使っています。
私の使う、このダイニングテーブルは北海道民芸家具。
中古品を購入しました。

畳の部屋ばかりの我が家ではダイニングテーブルとして使うことはないけれど、広い作業台として、とても重宝しています。

ほっそりとした脚の美しさと、テーブルの両端がカーブしたやわらかなデザインが「女性」を思わせるテーブル。
シンプルながらも正統派、モダンな民芸家具の美しさに私は一目ぼれしてしまったのです。

奇をてらわないスタンダードな形が、木材(樺材)の美しさを最大限に引き出しているのも、北海道民芸家具の大きな魅力です。

赤みを帯びた深いブラウン色でトロリと光り、民芸家具ならではの美しい表情を見せる木目。この家具にこれ以上の彫刻や飾りは必要ないと思う。

こういった家具は、時々ワックスで丁寧に磨き上げ、惚れ惚れと眺める時間が楽しいですね。

なかなか民芸家具の良さを分かってくださる方も少ないんですが、私は民芸家具が大好きです。本日は北海道民芸家具についてご紹介したいと思います。

正統派モダン 松本民芸家具と北海道民芸家具(現飛騨産業)

十数年前のある日、母は小さくてモダンな民芸家具のキャビネットを買ってきました。
そんなに家具に詳しくなかった私は、一目見てそのキャビネットを「松本民芸家具」だと思い込んだのですが、母が「実はこれは北海道民芸家具なのよ」という。

松本民芸家具に憧れていた母が、「とても素敵だったから北海道民芸家具を買ってきたの」と言うのです。私にはどう見ても松本民芸家具に見えましたが、確認すると北海道民芸家具の刻印が打たれていました。

実際のところ、松本民芸家具と北海道民芸家具はよく似ています。

当時の私はそれについてあまり深く考えませんでしたが、英国のウィンザーチェアについて勉強するうちに松本民芸家具と北海道民芸家具の関係にたどり着きました。
実は、北海道民芸家具は松本民芸家具から技術提供を受けて作られた家具なのです。

こちらは松本民芸家具

北海道民芸家具のルーツ

日本の民芸運動を巻き起こした柳 宗悦(やなぎ むねよし)をご存知でしょうか。
これからご紹介する北海道民芸家具の歴史は、彼の唱えた「民藝の美」「民藝運動」という大きな時代のうねりの中でこの世に誕生しました。

1936年、柳の「民藝運動」に影響を受けた民芸活動家たちのために大原孫三郎は「日本民藝館」を建てました。柳もこの「日本民藝館」に自分のコレクションを寄付するなど、大原孫三郎と交流がありました。

この大原孫三郎は倉敷紡績を経営し、経済のみならず文化・社会へ大きく貢献しました。
やがて大原孫三郎の後を継いだ長男大原總一郎が倉敷工房・クラレインテリアの社長を歴任し、またこの總一郎もたちとともに民芸運動に取り組んでいきます。

一方、池田三四郎は長野県松本市で「ミズメザクラ」を使い、家具の製造を始めます。三四郎はやがて柳 宗悦の影響を受け、らと交流を持ちながら英国のウィンザーチェアに椅子作りを学び、松本民芸家具を立ち上げます。

ウィンザーチェアと日本の技術が結びついた家具作り・椅子作りが行われ、その過程で民芸運動と混じり合い重なり合って「民芸家具」と称されていくようになったのです。

1964年、東京オリンピックがあったこの年、大原總一郎は北海道の地場産業の発展のために動き「北海道民芸木工」を設立します。その際、当時すでに日本の民芸家具として地位を築いていた松本民芸家具の池田三四郎に協力を求めました。

この求めに応じて池田三四郎「北海道民芸木工」の取締役となり松本民芸家具が本格的に支援を開始。北海道民芸木工に雇われた若者たちは信州松本において研修を受け、家具作りを学びました。

松本民芸家具によって人材養成・技術提供が行われ、北海道民芸家具の歴史は始まりました。
なので、モノづくりの思想・技術両面において松本民芸家具と共通するものがあったと思われます。そしてその根底にはやはり民芸運動と柳宗悦が存在したといっていいでしょう。

やがて北海道民芸家具は松本民芸家具・飛騨産業とともに、日本民芸家具の代表的な企業として名を残すことになります。

1966年、ブランド名を「北海道民芸家具」とした家具の製造・販売が始まりました。
1968年、大原總一郎が死去、池田三四郎が取締役を退任
1974年、「北海道民芸家具」はクラレインテリアによって引き継がれ運営されました。
2009年、クラレが「北海道民芸家具」の製造廃止を発表。現在は飛騨産業に引き継がれ、製造を続けています。

※飛騨産業は1920年に「中央木工」として設立。アメリカンウィンザーチェアを中心に質の高い椅子を作り海外へ輸出。オイルショック以降は輸出業から国内販売へ切り替え、日本有数の木製家具メーカーとなった今でも質の高いウィンザーチェアを手がけている。

こちらは飛騨産業のウィンザーチェア

簡単にまとめると以下のとおりです。

当時の時代的背景として、民藝運動にまつわる大きな渦の中心にいたのは柳 宗悦です。
その民藝運動の中で「民芸家具」作りに影響を与えるルーツとなるのがウィンザーチェアです。
そしてウィンザーチェアをルーツとした家具作りに身を置いたのが北海道民芸家具、松本民芸家具、飛騨産業となります。
このうち松本民芸家具が北海道民芸家具に技術提供をおこない、その後の北海道民芸家具の生産停止に際してはブランド名は飛騨産業に引き継がれています。

こういった背景をもとに考えると、
北海道民芸家具と松本民芸家具の様式が似ているのも理解できます。
そしてクラレが「北海道民芸家具」の製造廃止を決めた際に、ルーツをおなじくする飛騨産業が引き継いだのは自然な流れだったんですね。

ウィンザーチェアについてはこちらでご紹介しています。併せてご覧ください。

ウィンザーチェアなくして椅子は語れない。英国アンティークチェア
ウィンザーチェアーは英国の庶民の暮らしと密接に関係した民藝椅子であり、カントリーチェアです。長い歴史のなかで様々な椅子のデザインに影響を及ぼし、海外のデザインチェアのルーツともなりました。

こういったレベルの高い民芸家具は、今現在の便利な生活の中ではなかなか目に触れることが少なくなりました。
私自身、松本民芸家具については詳しかったものの、最近になってアンティークの仕事を頂くようになってから、あらためて調べ直すことが多いです。
イギリスのアンティークチェア「ウィンザーチェア」について調べている過程で松本民芸家具だけでなく北海道民芸家具や飛騨産業についても、そして「民藝運動」についても、より深く知ることになりました。

生活の中にあって輝きを増す民芸家具

民衆の暮らしに根差す「民藝」。
毎日の生活の中でこそ美しく輝く民藝家具。
ギラギラと飾り立てもせず、落ち着いた静かな佇まいで生活の中に優しく馴染みます。

和のインテリアにはもちろんのこと、洋風のインテリアにも、またはシノワズリにも。飽きのこない正統派モダンスタイルで、洋館のような雰囲気にも大正浪漫風にもピタっと収まる懐の深さがあるのです。

我が家のような昭和の安っぽい和洋折衷の民家でも、なんともいえないレトロな風景を作り出します。毎日テーブルを使いながら「良い家具ってこういうことなのか」と私は感心するばかり。
日本の民芸家具はもっともっと見直されてもいいんじゃないかと思っています。

北海道民芸家具を探すなら、日本最大級の品ぞろえを誇る「ラフジェ工房」がお薦めです。

中古品・ヴィンテージ品とはいえ、廃版になったようなモダンな家具も、いい状態・綺麗な状態で購入できます。

フジェについては以下のページで詳しくご紹介しています。併せてご覧ください。

アンティーク家具を探すなら【ラフジェ工房】アンティークを扱うネットショップ
このカテゴリーでは、アンティークを扱うネットショップをご紹介しています。 アンティーク家具を探すなら【ラフジェ工房】 今回は私も...

なお、本日ご紹介した民藝家具の歴史についてはこちらの本でより詳しく紹介されています。
イギリス、アメリカ、そして日本。椅子・家具・そして民衆の生活・風土についても網羅した完璧な一冊です。

モダンで素敵な民芸家具が見つかると良いですね。
正直に言えばもっとご説明したいんですが、長くなりそうですのでまた今度。
以上四門が民芸家具についてご紹介しました。